検察庁法改正に関する日弁連会長声明に対する私見
検察庁法改正に関する日弁連会長声明に対する私見
1 日弁連会長声明の要旨
日弁連は、令和2年5月11日付の「改めて検察庁法の一部改正に反対する会長声明」において、次のとおり述べ、検察庁法の改正に反対している。
「当連合会は、検察官の65歳までの定年延長や役職定年の設定自体について反対するものではないが、内閣ないし法務大臣の裁量により役職延長や勤務延長が行われることにより、不偏不党を貫いた職務遂行が求められる検察の独立性が侵害されることを強く危惧する。『準司法官』である検察官の政治的中立性が脅かされれば、憲法の基本原則である三権分立を揺るがすおそれさえあり、到底看過できない。少なくとも当該法案部分は削除されるべきである。」
要するに、日弁連は、内閣ないし法務大臣の「裁量」によって定年後の役職延長や勤務延長がなされる「危惧」を理由に、制度自体に反対している。
2 検察官に対し、内閣及び法務大臣の人事権等が既に存在すること
検察官は、捜査及び起訴等の強大な権限を有し司法的役割を果たしているが、裁判所のような司法機関そのものではなく、あくまで法務省に属する行政機関である。日弁連も検察官を「準司法官」と述べている。
現に、現行の検察庁法は、検察官が法務大臣の指揮監督下にあり、法務大臣が検察官の任命、叙級、検察官適格審査会に対する請求、罷免、剰員検察官の処遇その他の人事権を有することを定めている。ただし、検事総長・次席検事・検事長の任免権限は、内閣に帰属する。
【内閣の検察官に対する権限】
・検事総長、次長検事及び各検事長の任免(15条1項)
【法務大臣の検察官に対する権限】
(任命)
・検事長、検事及び副検事の任命(16条1項)
・一級及び二級検察官の叙級(18条及び19条)
(罷免)
・検察官適格審査会に対する請求(23条2項2号)
・検察官適格審査会の議決を相当と認める場合、検事総長、次長検事及び各検事長に対する罷免の勧告または検事長、検事及び副検事の罷免(23条3項)
(その他人事権)
・高等検察庁又は地方検察庁の支部勤務の命令(17条)
・検事長、検事又は副検事が検察庁の廃止その他の事由に因り剰員となった場合、その検事長、検事又は副検事に俸給の半額を給して欠位を待たせる(24条)
(指揮監督権)
・検察官に対する一般の指揮監督(13条2項)
・個々の事件の取調又は処分に関し、検事総長に対する指揮監督(13条2項)
・検察庁の事務章程の制定(32条)
したがって、検察官の人事に関する終局的権限は、内閣及び法務大臣に属しており、定年後の役職延長・勤務延長に関しても、この制度を設けるとすれば、その終局的権限は当然に内閣及び法務大臣に帰属すべき問題である。
3 定年後の役職延長・勤務延長の制度の必要性
他の国家公務員一般については、定年後の役職延長・勤務延長の制度が既に存在する(国家公務員法81条の3)。
そこで問題は、①検察官について、定年後の役職延長・勤務延長の制度が必要あるか、②検察官について定年後の役職延長・勤務延長の制度を設ける場合に、誰がどのように判断する制度設計にすべきか、である。
①の検察官の定年後の役職延長・勤務延長制度の必要性について、まずは、必要性に関する具体的な議論がなされるべきであるが、日弁連の会長声明は、具体的な理由を述べることなく否定している。検察官は捜査・起訴権限を有し、事案の終結まで年単位の期間を要する事案が多く、特に重大事件において長期化する例もしばしば見受けられ、特段の事情がある場合に役職延長や勤務延長制度を設けておくべき必要性自体を否定する論拠は乏しいと思われる。
②の制度設計についても、日弁連の会長声明は何も述べていない。任命・叙級・剰員の待遇等の人事権限が基本的に法務大臣に帰属することを踏まえると、法務大臣に権限を帰属させることが合理的である。また、改正案では法務大臣が準則を作成し、これを踏まえて延長の判断を行うこととなっているが、この制度設計自体も直ちに不合理とは言えない。
4 日弁連の「危惧」は抽象的であり、運用の問題に過ぎないこと
日弁連は、上記①②について具体的な理由を指摘することなく、抽象的一般的に、役職延長・勤務延長制度ができた場合に、内閣や法務大臣の「裁量」によって検察官の独立性侵害ひいては三権分立違反となることを危惧し、制度創設そのものに反対している。
しかし、検察官は法務省の特別機関であり、法務大臣は既に検察官に対する任命・叙級・検察官適格審査会に対する請求・罷免等の人事権・指揮監督権限(内閣は検事総長等の任免権限)を有しており、検察官に対し、内閣や法務大臣の「裁量」を前提とする制度が現に存在して機能している。今回、定年後の1年間・最長3年間の役職延長・勤務延長について、内閣や法務大臣の「裁量」の存在だけを理由に、制度そのものに反対するのは具体的論拠が乏しい。
また、日弁連が指摘する「検察官の独立性侵害」「三権分立違反」は、日弁連が述べているとおり、あくまで「危惧」にすぎず、法改正後の運用や個々の事案における裁量の問題であり、法改正によって発生する具体的な弊害や影響とは区別しなければならない。ましてや、今回の改正案では法務大臣が準則を作成し、準則に基づく延長の判断が行われるものであり、尚更恣意的な裁量行使がされるおそれは低い。
運用についての抽象的な「危惧」は、いかなる法律制定や法改正に対しても言えることであり、法改正そのものに反対するほどの強い論拠ではない。
運用についての抽象的な「危惧」だけを理由に、必要性や制度設計に関する議論を一切することなく、改正自体に反対するのは拙速であり、論理に飛躍がある。
5 今回の会長声明が政治的公平性・中立性を損なうおそれ
日弁連は、全国の弁護士会及び弁護士が強制的に登録している団体であり、特定の法律案に対して意見を述べるのであれば、法律専門家として、法案に対する法律上の問題点を具体的かつ客観的に検討・指摘すべきであって、いやしくも政治的公平性を損なうことのないように配慮しなければならない。
検察庁法改正案について、運用上の懸念を示すにとどまらず、改正そのものについて明確な反対意見を述べるならば、相応の法律上の根拠を示すべきであるが、今回の会長声明においてそれがなされているとは言えない。
今回のような拙速かつ論拠に乏しい会長声明の濫発は、日弁連の会長声明が、政治的・恣意的になされているのではないかとの疑念を抱きかねず、日弁連自体の政治的公平性・中立性を損なうおそれが高い。
以上より、頭書の日弁連会長声明に反対する。
以上
令和2年5月12日
弁護士 安達悠司