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十七条の憲法⑥

◆弁護士コラム◆ 十七条の憲法には何が書かれている⑥?

六(むつ)に曰(いは)く、悪(あしき)を懲(こら)し善(よき)を勧(すす)むるは古(いにしへ)の良(よ)き典(のり)なり。是(これ)を以(もつ)て、人(ひと)の善(よき)を匿(かく)すこと無(な)く、悪(あしき)を見(み)ては必(かなら)ず匡(ただ)せ。其(そ)れ諂(へつら)ひ詐(あざむ)く者(もの)は、則(すなは)ち国家(あめのした)を覆(くつがへ)す利器(ときうつわ)たり、人民(おほみたから)を絶(た)つ鋒(とき)剣(つるぎ)たり。亦(また)侫(かたま)しく媚(こ)ぶる者(もの)は、上(かみ)に対(むか)ひては則(すなは)ち好(この)みて下(しも)の過(あやまち)を説(と)き、下(しも)に遭(あ)ひては則(すなは)ち上(かみ)の失(あやまち)を誹(そ)謗(し)る。其(そ)れ如(これ)此(ら)の人(ひと)は、皆(みな)君(きみ)に忠(まめ)無(な)く、民(たみ)に仁(めぐみ)無(な)し。是(こ)れ大乱(おほきなるみだれ)の本(もと)なり。

 

第六条は「善悪」がテーマです。

「勧善懲悪」を前後逆にした「懲悪勧善」という四字熟語が最初に出てきます。

つまり、悪を懲らし善を勧める、悪いことを懲らしめ良いことを称えるという道徳の基本的なことが説かれています。

「懲悪勧善」は、中国の古典の「春秋」という書物にも書かれており、聖徳太子がこの記載をもとに引用した可能性が高いと言われています。

ただ、「古の良き典なり」とも書かれています。つまり、昔の良い「のり」である、ということです。

「典」は「のり」と読み、のりは、神が述べたことから転じて、「ことば」「きまり」「しきたり」「おしえ」などという意味があります。宣、法、則、範、教という字はいずれも「のり」と読みますが、「のり」にはこのように様々な意味があるのです。

ここで、懲悪勧善が昔からの良い「のり」であるとなると、わが国に昔からある法律・しきたり・教えという意味に解釈されるのではないかと思います。

そうすると、悪いことをこらしめ、良いことを称えることは、わが国でも昔から教えられ、きまりやしきたりとなっていた、と解釈するのが自然に思います。

中国の古典に書かれている言い回しは、わが国に古くからある道徳を漢文に翻訳したときに、同じような意味にあるものとして使われたのではないでしょうか。

むしろ、ここで強調されているのは、第2文の「人の善を隠さず、悪を見ては必ずただせ」という、具体的な行動です。人の良い行動を見たら隠さない。つまり、上司に報告しなさいということです。また、人の悪い行動を見たら正す。つまり、その場で注意しなさいということです。これは、言うのは簡単ですが、行うのは難しいこともあります。

そして、へつらい、あざむく者は、国家を覆す「利器」とされます。へつらいあざむくとは、悪いことに従い、嘘をついて人をだますことを言います。「利器」は「ときうつわ」と読み、鋭い道具ということです。また、人民を絶つ鋒剣、つまり「鋒剣」は「ときつるぎ」と読み、鋭い剣のことです。非常に強い言い方がされています。

第3文までを訳します。

 悪いことを懲らしめ、良いことを称えるのは、わが国に昔からある良いしきたりです。したがって、他人の良い行動を見つけたら隠さず報告し、悪い行動を見つけたら必ず正しましょう。悪いことを正さず、見て見ぬふりをしたり、悪いことに従うような、へつらいあざむく人は、(悪事がはびこる原因となるため)国をくつがえすのに便利な道具であり、(国がくつがえると民は路頭に迷いますから)民を切る鋭い剣のようなものです。

また、「侫しく媚ぶる」は「かたましくこぶる」と読み、言葉巧みに相手に追従する人を言います。上司に対しては部下のミスを喜んで話し、部下に会ったら上司のミスを非難するような人が挙げられています。

これは、「へつらいあざむく者」が悪を正さずに悪に従ってしまう人を指しているのに対し、「かたましくこぶる者」は悪事を指摘してばかりで、人の善を称えることをしないことを指すと考えられます。

こうした人は「皆君に忠なく、民に仁なし」とされます。

ここで、「忠」は「まめ」と読み、「仁」は「めぐみ」と読みます。

言葉巧みに相手に追従し、他人の悪いことばかり指摘して、他人の良い行動を称えない人は、模範となるべき行動を見て見ぬふりをするので、良い人を称賛する機会を失わせてしまいます。これでは、「君」すなわち天皇に忠節を尽くしておらず、民を良い方向に教えさとすことが役人の仕事であるのに、それをしていないのですから、民を恵むことができません。これは、国を乱れさせる原因になっていまいます。

後半を訳します。

 また、言葉巧みに追従する人は、上司に対しては好んで部下の誤りを話し、部下に会ったときは上司の誤りを非難します。これらの人は、他人の悪い行動を指摘するばかりで、他人の良い行動を話したり、称えることをせず隠しているので、皆天皇に忠実でなく、また、(民を良い方向に教え諭すという仕事をしていないので)民に恵むことがありません。これは、大いなる乱れの原因になります。

まとめると、次のようになります。

第六条 悪いことを懲らしめ、良いことを称えるのは、わが国に昔からある良いしきたりです。したがって、他人の良い行動を見つけたら隠さず報告し、悪い行動を見つけたら必ず正しましょう。悪いことを正さず、見て見ぬふりをしたり、悪いことに従うようなへつらいあざむく人は、(悪事がはびこる原因となるため)国をくつがえすのに便利な道具であり、(国がくつがえると民は路頭に迷いますから)民を切る鋭い剣のようなものです。また、言葉巧みに追従する人は、上司に対しては好んで部下の誤りを話し、部下に会ったときは上司の誤りを非難します。これらの人は、他人の悪い行動を指摘するばかりで、他人の良い行動を話したり、称えることをせず隠しているので、皆天皇に忠実でなく、また、(民を良い方向に教え諭すという仕事をしていないので)民に恵むことがありません。これは、大いなる乱れの原因になります。

このように、役人が、悪い行動を見て見ぬふりをしたり、悪いことに従うのは非常に危険です。また、良い行動を見て見ぬふりをして称えず、人の悪いことばかりを指摘するのも、結局は嘘をついているのと同じであり、正しい情報が行き渡らず、国を大きく乱れさせる原因となるのです。

当たり前のことが説かれているようですが、いざ実践となると、大変なことです。しかしながら、良いことを良いとして賞賛し、悪いことを悪いこととして正すのは、わが国古来からの当然のしきたりだったわけです。聖徳太子は、こうした、古来からの在り方に立ち返って、初心忘るべからず、もう一度行動してみましょう、と諭しているのです。

以上

 

 

十七条の憲法⑤

◆弁護士コラム◆ 十七条の憲法には何が書かれている⑤?

五(いつ)に曰(いは)く、餮(あぢはひのむさぼり)を絶(た)ち欲(たからのほしみ)を棄(す)てて、明(あきら)かに訴訟(うたえ)を辨(わきま)へよ。其(そ)れ百姓(おほみたから)の訟(うたえ)は、一日(ひとひ)に千事(ちわざ)あり。一日(ひとひ)すら尚(なほ)爾(しか)るを、況(いは)んや歳(とし)を累(かさ)ねてをや。頃(このごろ)、訟(うたえ)を治(おさ)むる者(もの)、利(くぼさ)を得(え)て常(つね)と(な)し、(まいない)を(み)て(ことはり)を(まを)す。便(すなは)ち(たから)(あ)るものの(うたえ)は、(いし)をもて(みづ)に(な)ぐるが(ごと)く、(とも)しき(ひと)の(うたえ)は、(みづ)をもて(いし)に(な)ぐるに(に)たり。(これ)を(もつ)て(まず)しき(たみ)、(すなは)ち(よる)(ところ)を(し)らず、(やつこ)の(みち)(また)(ここ)に(か)けぬ。

 

第五条のテーマは「うたえ」(訴訟)です。

現代では「訴訟」と書いて「そしょう」と読み、「訴え」と書いて「うったえ」と読みます。訴訟を提起する、訴えを起こすというように、裁判所で裁判を申し立てるときに使う言葉です。「訴えてやる」というフレーズでも使われますね。

ところで、第一条の解説でも書いたように、十七条の憲法は基本的に訓読みをします。「訴訟」は音読みになります。では訓読みするとどうなるでしょうか。「訴」も「訟」も同じ「うったえ」という意味であり、「訴訟」を訓読みすると「うったえ」になります。そして、当時の読みとしては、「うたえ」、「うたへ」または「うつたえ」となります。ここでは「うたえ」と読んで先に進めます。

「うたえ」(訴訟)は、「心に訴える」と今も使うように、自分の困りごとや意見をお上や相手に強くうったえかけることから、「うたえ」と言います。語源を考えてみると、心に強く感じたことをことばにして表現することを「うたふ」(うたう)と言い、心に強く感じたものをことばにしたものを「うた」と言いますね。この「うた」+「え」で、「うたえ」となったのではないかと考えられます。「え」は、「いくえ」(幾重)、「やえ」(八重)と使われるように、繰り返し重ねるものを言います。心に強く感じたものを言葉で表した「うた」を、何度も何度も繰り返し主張することから、「え」が付いて、「うたえ」となったのではないかということです。

相手を訴えるということは、よくよくのことですから、非常に辛い思いをした、非常に苦しい思いをした、非常に大変な目にあったということです。そうした思いや出来事は、心を強く揺さぶり、苦しみや辛さとしてことばに出さずにはいられません。これは悲しみの「うた」、苦しみの「うた」となります。しかも、相手や、周りの人や、裁いてもらう人に対して、自分の思いを聞いてもらわないといけないので、一回だけではなく、何度も何度も同じ話をしなければなりません。ですから「うた」を重ねる(重ねるという意味の「え」)必要があり、「うたえ」というようになったのではないでしょうか。

また、自分の気持ちをうまく伝える必要もあることから、「うたえ」が、うまく「つたえ」るものとして、「うつたえ」とも言うようになったのではないかとも考えられます。

だいぶ語源の話が長くなりましたが、このように、古代にも様々なトラブルがあり、「うたえ」の数も相当多かったと考えられます。

聖徳太子は、餮(あぢはひのむさぼり)を絶ち、欲(たからのほしみ)を捨てて、明らかに「うたえ」をわきまえるよう説いています。これは、第二条の仏教に基づき欲を抑えるという教えとつながります。

続けて、「うたえ」は、1日に千事ありと述べています。この「千事」は、非常に多くの数を意味するのか、1日1000件の事件があると文字通り受け取ってよいのかわかりませんが、とにかく聖徳太子の時代にも裁判は多かったようです。

ちなみに、現代(令和元年)、わが国の裁判所に新しく持ち込まれる事件の数は、1日約1万件です。年間では約360万件になります。

聖徳太子の時代では、人口も今ほど多くなかったと考えられますが、1日1000件でも現代の10分の1ですから、意外と1日千件くらいの件数だったのかもしれません。

まず、3つ目の文まで訳します。

むさぼりや欲をなくし、訴えを公平に審理しましょう。庶民の訴えは1日千件もあります。1日すらそうであり、ましてや年を重ねると非常に多い件数になります。

では、聖徳太子の時代の裁判は、どんな方法で行われていたのでしょうか。

これについて、聖徳太子より少し前である、欽明天皇の時代には、「盟神探湯(くかたち)」と言って、煮えたぎった湯の中に争っている者がそれぞれ手を入れて、焼けただれたかどうかで、罪のあるなしを判断するという「神判」がされていたという記述があります。

これは、今の時代からみると、神がかり的、呪術的に見えてしまい、合理的ではないように思いますね。

こうした盟神探湯(くかたち)などの記述をみて、聖徳太子の時代が暗黒裁判だったかのように考える人もいますが、私はそうは思いません。

まず、全ての裁判で盟神探湯が行われ、暗黒裁判だったとしたら、朝廷が扱う裁判の件数が非常に多くなるとは考えられません。また、聖徳太子の十七条の憲法をここまで読んでいただけると分かると思いますが、非常に合理的で深い思想のもとに書かれており、そのような時代にあっても、神がかり的な神判だけで済ませていたとはとても思えません。また、第五条には、賄賂のことが書かれており、神判では賄賂をもらってもどうにもなりませんし、話を詳しく聞く必要もないわけです。

ですから、聖徳太子の時代には、既にそれなりの法が定められ、双方の話を聞き、法にしたがったある程度合理的な裁判がなされていたのではないかと考えられます。

「盟神探湯」(くかたち)が使われたこともあったかもしれませんが、全件ではないでしょうし、本当に審理不能な事件や、耳目を引くような事件に限られたのではないでしょうか。また、聖徳太子の時代くらいになると、あえて神がかり的な「盟神探湯」を試みようとすることで、嘘を言っている人は、手が焼けただれるのを恐れて白状するという効果もあったかもしれません。

ともかく、神判ではなく、合理的裁判を行うようになると、裁判を行う役人の裁量が非常に大きくなってきますから、役人の能力・力量の問題や、公正さの問題が出てきます。そこに、賄賂が横行する危険が出てきます。聖徳太子が賄賂を懸念しているのは、まさにこのような合理的裁判が行われるようになっていたからではないかと思います。

「利」は「くぼさ」と読み、利益のこと、「賄」は「まいない」と読み賄賂のこと、「讞」は難しい字ですが「ことはり」と読み、言い分のことと考えればよいと思います。

次の3文を訳します。

この頃、訴えを判断する者が、利益を得るのを常とし、当事者から受け取る賄賂を見てから話を聞いています。つまり、財産がある者の訴えは、石を水に投げるように通ってしまい、貧しい人の訴えは、水を石に投げるのに似て、通らなくなっています。そうすると貧しい民は、拠り所となる公平さが分からなくなり、臣下の道もまたここで失われてしまいます。

裁判を行うのに、判断する人に、欲があり、利益を得ようと思う心があると、裁判から公平さが失われてしまいますね。そのような欲を絶ち、裁判を公平に行うことで、庶民にも公平さという拠り所を知らしめようとしたものです。

まとめると、次のようになります。

第五条 むさぼりや欲をなくし、訴えを公平に審理しましょう。庶民の訴えは1日千件もあります。1日すらそうであり、ましてや年を重ねると非常に多い件数になります。この頃、訴えを判断する者が、利益を得るのを常とし、当事者から受け取る賄賂を見てから話を聞いています。つまり、財産がある者の訴えは、石を水に投げるように通ってしまい、貧しい人の訴えは、水を石に投げるのに似て、通らなくなっています。そうすると貧しい民は、拠り所となる公平さが分からなくなり、臣下の道もまたここで失われてしまいます。

以上

 

十七条の憲法④

◆弁護士コラム◆ 十七条の憲法には何が書かれている④?

(よつ)に曰(いは)く、群卿(まちきみたち)百寮(つかさつかさ)禮(うやまひ)以(もつ)本(もと)為(せ)よ。其(そ)民(たみ)治(おさ)むる本(もと)は、要(かなら)禮(うやまひ)在(あ)り。上(かみ)禮(うやま)はずんば下(しも)齊(ととの)ほらず、下(しも)禮(うやまひ)無(な)きときは、必(かなら)罪(つみ)有(あ)り。是(これ)以(もつ)群臣(まちきみたち)禮(うやまひ)有(あ)るときは位(くらゐの)次(ついで)乱(みだ)れず、百姓(おほみたから)禮(うやまひ)有(あ)るときは国家(あめのした)自(おのづ)から治(おさ)まる。

 

第四条は「うやまひ」がテーマです。ここでは、「禮」という漢字を「うやまひ」(発生は「うやまい」)と呼んでいます。「禮」は「礼」の旧字体です。礼儀や礼服の「礼」です。今では「れい」と読み、学校でも「起立」「礼」と号令をかけますね。武道も「礼に始まって礼に終わる」という言葉があります。天皇陛下の「即位の礼」というようにも使われます。

聖徳太子の時代には「礼」または「禮」と書いて「うやまひ」と読みました。「うやまひ」とは、相手を上に見る行為のことです。

皆さん、「うやまひ」を行動で示してみてください、と言われたらどんな行動をしますか?突然言われると戸惑ってしまうかもしれませんが、立ったまま頭を下げてお辞儀をしたり、畳に座っているときは、前に手をついて頭を下げたりするのではないでしょうか。問題は、そのとき目はどこを向いていますか?「うやまひ」のときは、目線は相手を意識して、上目遣いになり、上を向いているのではないでしょうか。

「おがんでください」と言われると、両手を合わせて頭を下げ、目線も特に意識しないかもしれません。「うやまってください」と言われると、頭を下げつつも、目線が相手の方を意識する、こんな違いがあるのではないかと思います。

前置きが長くなりましたが、このように、「うやまひ」とは、相手を上に見る行為のことです。語源ははっきりしませんが、「うえ(上)」に「みまふ(見舞ふ)」が「うやまふ」となまったのではないかと私は考えております。

相手を上に見るには、相手の下に自分の目線をおいて、相手を見上げることになります。それは、相手に敬意を払うということであり、へりくだるということです。自分が上に立とうとせずに、相手を立てるということです。これは、気持ちだけでなく、具体的な行動が伴います。おじぎをする、頭を下げる、深々と礼をする、話を丁寧な態度で聞く、感謝の言葉を述べる、などの相手を上に見るための具体的な行動として現れるものが「うやまひ」です。

「うやまひ」に「禮」(礼)という漢字が充てられたのは適切だったと思いますが、「うやまひ」はただ単に礼をすることをいうのではなく、相手を上に見るすべての行動を言います。一度、そのような意識で行動してみると、「うやまひ」が実感できるのではないかと思います。

では、最初の2文を訳します。

あらゆる冠位を持つ者は、「うやまひ」を行動の基本としましょう。「うやまひ」とは、お辞儀をする、頭を下げる、へりくだる、相手の話を丁寧に聞く、感謝の言葉を述べるなど、相手を上に見るすべての行為をいいます。民を治める基本はすべて「うやまひ」にあります。

次の文は、上司と部下について述べています。上司に「うやまひ」がなければ、部下は大切にされているという実感が持てず、上司が部下を掌握することができません。また、部下に「うやまひ」がないと、礼儀や注意を欠くわけですから、必ず何らかの罪を犯してしまいます。

上司が「うやまひ」をしなければ部下をまとめることができず、部下に「うやまひ」がないときは必ず何かの罪を犯してしまいます。

最後の文は、役人全員から庶民に至るまですべての人を対象にしています。群臣は「まちきみたち」つまり役人のことを言います。「位次」は「くらいのついで」と読み、冠位の順序、上下関係という意味でよいと思います。「百姓」は「ひゃくしょう」ではなく、「おほみたから」と読み、役人ではないすべての民のことを指します。民は大切な宝という意味に読むのも面白いポイントです。

中国には「礼記」「孝経」「論語」など「礼」について書かれた古典はたくさんありますが、聖徳太子の十七条の憲法で特徴的なのは、一般の庶民にも「礼」を求めていることです。中国の古典では「礼は庶人に下らず」とあり(礼記・曲礼篇)、礼はあくまで主君や官僚に求めるものであって、庶民に求めるものではありませんでした。聖徳太子は、中国思想の「礼」に限定して考えたのではなく、日本古来の「うやまひ」(礼)という観念としてとらえていたために、一般庶民にも「うやまひ」を求め、互いに相手を尊敬する行動に基づいた国づくりを目指したと考えられます。

また、「国家」は「あめのした」と読みます。「自から治まる」とは、自然と治まってゆくということですが、「自治」と書いて「おのづからおさまる」と読むのは新鮮な響きがあります。「地方自治」や「自治会」という言葉として今も「自治」という言葉が使われていますが、そのばあい、市町村や自分たちの会を「みづからおさめる」という意味で考えてしまうことがほとんどです。しかしながら、「うやまひ」を持っていれば、「自治」は「おのづからおさまる」という発想に変ってゆくことも面白いポイントではないかと思います。

最後の文を訳します。

したがって、役人に「うやまひ」があるときは上下関係が乱れず、庶民に「うやまひ」があるときは、互いに相手を立てて行動しあうようになるので、国中が自然とうまく治まってゆくのです。

いかがでしたでしょうか。第四条になると、冠位を持つ者の行動哲学から出発して、全ての役人(群臣)や一般庶民(百姓)にも「うやまひ」の大切さを説いており、国中が自然とうまく治まりゆくという理想を語っています。ここまでくると、十七条の憲法は冠位を持つ者だけにとどまらない、国中の民に向けた教えであることが分かってくるのではないでしょうか。

まとめると、次のようになります。

第四条 あらゆる冠位を持つ者は、「うやまひ」を行動の基本としましょう。「うやまひ」とは、お辞儀をする、頭を下げる、へりくだる、相手の話を丁寧に聞く、感謝の言葉を述べるなど、相手を上に見るすべての行為をいいます。民を治める基本はすべて「うやまひ」にあります。上司が「うやまひ」をしなければ部下をまとめることができず、部下に「うやまひ」がないときは必ず何かの罪を犯してしまいます。したがって、役人に「うやまひ」があるときは上下関係が乱れず、庶民に「うやまひ」があるときは、互いに相手を立てて行動しあうようになるので、国中が自然とうまく治まってゆくのです。

以上

十七条の憲法③(第三条)

◆弁護士コラム◆ 十七条の憲法には何が書かれている?③

(みつ)に(いは)く、(みことのり)を(うけたまは)りては(かなら)ず(つつし)め。(きみ)をば(すなは)ち(あめ)とす、(やつこら)をば(すなわ)ち(つち)とす。(あめ)(おほ)ひ(つち)(の)せて、四時(よつのとき)(めぐ)り(ゆ)き、(よろづの)(しるし)(かよ)ふことを(うる)。(つち)、(あめ)を(おほ)はむと(す)るときは、(すなは)ち(やぶ)ることを(いた)さむのみ。(これ)を(もつ)て(きみ)(のたま)ふときは(やつこら)(うけたまは)り、(かみ)(おこな)ふときは(しも)(なび)く。(ゆゑ)に(みことのり)を(うけたまは)りては(かなら)ず(つつし)め、(つつし)まずんば(おのず)からに(やぶ)れなむ。

第三条は「みことのり」と「つつしみ」がテーマです。

「詔」は「みことのり」と読み、天皇陛下のお言葉のことを言います。「のり」は「宣る(のる)」つまり述べることを言います。神社の「祝詞(のりと)」は神に述べる言葉のことを言いますし、「祈り(いのり)」は「意(い)」を「宣る(のる)」、思いを言うことから来ています。名前を言うことを「名乗る(なのる)」とも言いますね。詔は「みこと」+「のり」であり、「みこと」は皇室の尊称と考えると、天皇陛下のお言葉という意味になります。

天皇陛下のお言葉を受けたときは、必ずつつしみなさい、ということが書かれています。では「つつしむ」とはどういうことでしょうか。「つつしむ」は「つつむ」から来ており、たくさんの着物を身にまとうイメージです。女性が妊娠した初期のころ、体を冷やさないように衣服をしっかり身にまとい、食事も行動も控えめにするのを、母のつつしみと言います。「包み隠さず話す」などと言いますが、その逆で、正装して着物でしっかり体を覆い、包み隠すわけです。結婚式や式典などで、たくさんの衣装を身にまとい、厚化粧をし、裃、袴、冠を身に付けると、軽々しく動いたり話したりすることができなくなり、すべての行動が慎重になりますね。そのように、たくさんの着物をきちんと身にまとい、すべての行動について慎重になり、本当に必要な行動は何かよくよく考えてから行動しようという心の状態を「つつしむ」といいます。

だから、天皇のお言葉である「みことのり」を受けたときは、臣(やつこら、または、おみ、とみとも言います。)は、「つつしむ」、つまり、天皇陛下はどのような意味で言葉を発せられたのだろうかと推し量り、これまでの自分の考えや行動は間違っていなかったかどうか、あるいはこれからしようとしていることは間違っていないだろうかと謙虚な気持ちで行動を慎重に考え直しなさいということなのです。以下訳します。

天皇のお言葉を承ったときは、必ずつつしみなさい。どのようなお気持ちでお言葉を発せられたのかをよく考え、自分の考えや行動に間違いがないか、謙虚な気持ちで考え直し、臣下としてのふるまいに十分気を付けるようにしなさい。

この後は、天皇を天(あめ)、臣下を地(つち)に例えています。

天皇を天(あめ)、臣下を地(つち)と例えることができます。天(あめ)が地(つち)を覆い、地(つち)が天(あめ)を載せることで、時が流れ、気が通い、ものごとが生み成されてゆきます。地(つち)が天(あめ)を覆うことを望むようになると、ものごとは壊れてしまうだけです。

そして、君と臣の関係、それから上司と部下の関係へとつなげて説明されます。臣の中にも上司と部下がいます。臣の上司が、天皇のお言葉を承り、つつしんで行うことで、臣の部下も、これになびき従うようになるという話です。部下を従わせるために、上司が天皇のお言葉に対して「つつしむ」ことが重要なポイントになります。

したがって、天皇がお言葉を発せられたときは、臣下はこれを承り、臣下の上司がつつしんで行うときは、部下も従うようになります。ですから天皇のお言葉を承ったときは、必ずつつしみなさい。上司がつつしまなければ、部下も言うことを聞かず、物事がうまくいかなくなるでしょう。

天皇―臣(上位)―臣(下位)という関係のもと、上級の冠位の者を念頭において説かれていると考えられます。現代の職場でも、社長―上司―部下と置き換えることができます。つまり、社長から指示や相談があったときは、「つつしむ」、つまり謙虚な気持ちで我が身を振り返って慎重に考えることが大事なのです。そうした上で、行動すれば、部下も自然となびき従うようになり事業がうまくいくようになりますよ、ということなのです。

これまた現代にも通ずる職場の行動哲学ということができるでしょう。まとめると、次のようになります。

第三条 天皇のお言葉を承ったときは、必ずつつしみなさい。どのようなお気持ちでお言葉を発せられたのかをよく考え、自分の考えや行動に間違いがないか、謙虚な気持ちで考え直し、臣下としてのふるまいに十分気を付けるようにしなさい。天皇を天(あめ)、臣下を地(つち)に例えると、天(あめ)が地(つち)を覆い、地(つち)が天(あめ)を載せることで、時が流れ、気が通い、ものごとが生み成されてゆきます。地(つち)が天(あめ)を覆うことを望むようになると、ものごとは壊れてしまうだけです。したがって、天皇がお言葉を発せられたときは、臣下はこれを承り、臣下の上司がつつしんで行うときは、部下も従うようになります。ですから天皇のお言葉を承ったときは、必ずつつしみなさい。上司がつつしまなければ、部下も言うことを聞かず、物事がうまくいかなくなるでしょう。

以上

十七条の憲法②(第2条)

◆弁護士コラム◆ 十七条の憲法には何が書かれている②?

(ふたつ)に(いは)く、(あつ)く三寳(みつのたから)を(うやま)へ。三寳(みつのたから)は佛法(ほとけのり)(ほふし)なり。(すなは)ち四生(よつのうまれ)の終帰(をはりのよりところ)、(よろづの)(くに)の極宗(きはめのむね)なり。(いづれ)の(よ)(いづれ)の(ひと)か(こ)の(みのり)を(たふと)ばざる。人尤(ひとはなは)だ(あ)しきもの(すくな)し、(よ)く(おし)ふるときは(したが)ふ。(そ)れ三寳(みつのたから)に(よ)りまつらずば、(いづれ)を(もつ)て(まが)れるを(ただ)さむ。

 

第二条のテーマは「仏教」です。聖徳太子は、大陸から伝わった仏教を受け入れて政治を行いました。

聖徳太子が二十歳となった推古天皇2年(西暦594年)、天皇は「三寳興隆の詔」を発し、各地に仏舎つまり寺が建てられるようになりました。翌年、高麗の僧慧慈は聖徳太子の師となり、百済の僧慧聡も来朝しました。その翌年には法興寺(飛鳥寺)が完成しました。推古天皇11年には蜂岡寺を造営し、斑鳩の法隆寺も後に完成しました。法隆寺は、「法隆学問寺」とも呼ばれており、海外の最先端の学問を受容し研究する拠点であったと言われています。

聖徳太子が仏教を取り入れた理由は、海外最先端の知識・技術を得ることにもあったと思いますが、ここでは臣下への教えとして仏教を説いています。聖徳太子は、この憲法十七条を作成した二年後には、勝鬘経・法華経を講説し、十年後には三経義疏を著すなど仏教そのものにも大変造詣が深かった方です。仏教によって、こころをよりよい方向に整えてゆくという力にも着目していたことは間違いないでしょう。

ですから、聖徳太子が冠位を持つ者に対して仏教を説いたのは、その精神性のためでもありました。

「三寳」は、三つの宝の意味であり、佛・法・僧を言います。「佛」とは、真理に目覚めた人をいい、「法」とは真理を説く教えを、「僧」とは仏教に帰依して修行する人を言います。

「四生」は、胎生、卵生、湿生、化生の四種類の生物のことで、生けとし生けるすべてのものを指します。「終帰」とは、「おわりのよりどころ」と読み、すべての生物にとって避けられない死に直面したときの拠り所ということです。

人は皆、生まれ、年をとり、病にかかり、死に至ります。これはすべての生物にとって避けられない定めであり、いかにしてこれらの苦しみと向き合い、心の平安を保つかはすべての人にとっての問題です。こうした生死の問題と向き合う仏教は、すべての人、すべての国にとって通じる教えなのです。

仏教は、苦しみが生まれる原因は欲にあると説きます。欲からむさぼりや怒りが生まれます。これらは物事への執着となって苦しみが生じます。したがって、こうした自らの苦しみの原因に気づき、さまざまな欲を手放すことが苦しみから解放されると説きます。苦しみから解放されると、心が平穏になります。心が平穏になると、冷静になって物事に対処することができ、智慧が生まれます。こうした智慧を生かすことが政治、すなわち民を治める仕事に必要なわけです。

前半を訳すと次のようになります。

篤く三つの宝を敬いなさい。三つの宝とは、仏教によって、真理に目覚めた人(佛)、真理を説く教え(法)、修行する人々(僧)です。生老病死について教える仏教は、すべての生きものにとって拠り所となり、すべての国に相通じる教えです。いったい、どの世の中にいるどんな人がこの教えを尊ばない人がいるでしょうか。

聖徳太子が仏教を説く目的は、「枉れるを直さん」ということにあります。「枉」は、曲がるという意味で、曲がってしまったものをまっすぐにしようと考えているわけです。もちろん、まっすぐでない人の心を、正しくしようと考えているわkです。

第一条では、「やはらぎ(和)」が最も大切であると説きました。しかし、どうやって「やはらぎ(和)」「かなふ(諧)」といった状態になれるかというと、心が平穏でなければなりません。聖徳太子は、仏教によって、人の心を正そうとしました。

先ほども説明したように、人の心が曲がってしまうのは、次々と出てくる欲を抑えきれず、コンロトールしきれないところにあります。しかし、生きる者は必ず年をとり、病気になり、死にます。人の欲に限りはありませんが、よりよく生きるためには、自分の欲が自分の苦しみを作り出しているということに気づくことが大切です。そうすると、心が平穏になり、智慧が生まれるからです。

そうした欲や心の在り方について、人からきちんと教えられれば、たいていの人は理解することができます。だから、聖徳太子は、分かりやすい言葉で仏教について皆に教えたに違いありません。以下後半を訳します。

物事を全く理解しない人は少ないので、正しく教えることができれば仏教にしたがうようになります。三つの宝に基づいて、自分の欲が苦しみを作り出していることに気づかせ、正しい心のもち方を教えなければ、いったいどのような方法で曲がった心を正しくすることができるでしょうか。

まとめると、次のようになります。

第二条 篤く三つの宝を敬いなさい。三つの宝とは、仏教によって、真理に目覚めた人(佛)、真理を説く教え(法)、修行する人々(僧)です。生老病死について教える仏教は、死ぬべき定めにあるすべての生きものにとって拠り所となり、すべての国に相通じる教えです。いったい、どの世の中にいるどんな人がこの教えを尊ばない人がいるでしょうか。物事を全く理解しない人は少ないので、正しく教えることができれば仏教にしたがうようになります。三つの宝に基づいて、自分の欲が苦しみを作り出していることに気づかせ、正しい心のもち方を教えなければ、いったいどのような方法で曲がった心を正しくすることができるでしょうか。

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